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特許になるアイデアとは?
「特許」とは、国から「知的財産として、その発明に価値がある」と認められ、年金を支払うことでその技術を使った製品の独占権(製造、販売)を保障してくれる制度の中で、特許権を得るために申請した著作物のことです。
それに対し「アイデア」とは「思いつき。新奇な工夫。着想」という意味。即ち、周りの人に知られていない考えを出した時、一般に使われる言葉です。
よって、会社内でアイデアの詰まった新製品を出したり、アイデアを出して改善提案を行うのは「アイデアを出す」行為。
「アイデアを特許にしたい」場合は、その「アイデア」を具体的にまとめ、国に「特許申請」という形で行います。
では「特許になるアイデアを出す」とはどういう意味でしょう?これは立場によって全く状況が異なります。
特許出願のノルマがある技術者:
<特許になるアイデアを出す=特許出願できるアイデアを出す>
「特許になるアイデアを出す」とは、会社に「特許を出して良いよ」と認めてもらい「特許申請」をすることです。自己申請ならば自分で「特許を出したい」を思えば良いだけです。
でもこれはあくまでも「特許出願」。これだけでは「特許の価値」を認めているのは会社や自分だけ。会社の特許出願数は増えますが、まだ特許権はありません。
会社:
<特許になるアイデアを出す=特許権を獲得できるアイデアを出す>
それに対し、会社としては特許出願や審査請求、特許権の維持には費用がかかります。それでも特許出願するのはメリットがあると考えるからです。
そのメリットとは:
・登録特許数が開発力を示す一つの指標となる(技術力の誇示)
・アイデアの詰まった自社製品の技術を保護する(コピー品の防止)
・他社とのクロスライセンス(同等の特許でお互いの特許を利用可能とする)
・他社からのロイヤリティ(特許使用料)の獲得
即ち、特許=特許権であることが分かります。
国が「特許として、その発明に価値がある」と認め、特許権を与えるのは、自然法則の利用を前提として出されたアイデアに「新規性、進歩性」があるか否か。
この「新規性、進歩性」の判断基準は、「過去に公知例があるか無いか」です。
公知例とは特許出願時までに公開されている特許や文献のこと。「特許権がほしい」と考え、審査請求された特許のみに対し、審査官はこの審査を行います。
この「審査」で認められると、初めてその特許は「登録特許」となり、「特許権」が与えられます。
会社が技術者に「特許のノルマ」を求めるのは、まずは「特許出願が無いと、登録特許は得られない」からです。
両者にはその目的で大きなギャップがあります。
「特許」にすべきアイデアとは?「有効特許」を出すアイデア出しが必要
このように、技術者と会社では「特許出願」と「特許権獲得」で大きな乖離があります。
更に特許権を獲得しても、「有効な登録特許」と「使われない登録特許」では大きな違いがあります。
「使われない登録特許」は「登録特許件数」にはなるので(開発力の誇示)には利用できます。
それに対し「有効な登録特許」とは、コピー製品の禁止、クロスライセンス、ロイヤリティーの対象になるもので、会社に大きな利益を与えます。
しかし、特許権はその特許の「新規性、進歩性」が国に認められて与えられるもの。会社の利益とは無関係です。
特許事務所や特許コンサルタントのうたい文句も、「特許の登録率が高い」、「特許になるアイデア創出法」で、会社の利益まで想定していません。
それに対し会社の経営者、知財部のメンバーは、「会社の利益」を考えて特許戦略を考え、「有効な特許」を出す必要があるのです。
つまり、本当に会社にとって必要なことは、
<特許になるアイデアを出す=有効な特許になる可能性が高いアイデアを出し、確実に特許権を獲得する>
という意味になります。
言い方は特許、有効特許、有効な特許、有効な登録特許と色々ありますが、最終目標は「利益を生む特許権を獲得する」になります。
有効な特許を出す方法は?
「特許になるアイデア」を提案する情報はたくさんあります。お決まりの内容と言えば、
・自然法則を使った進歩性、新規性のあるアイデアを出す。
・アイデアをマトリックスから考える
だと思います。でも、これを「有効な特許」のアイデアを出す目的でやるのは結構大変。その理由は明確。
製品には仕様があります。全ての仕様を満たし、他社よりも優れた製品を作らなければなりません。
仕様:
納期、大きさ、重さ、使い勝手、性能、新機能、耐久性、価格、保障、メンテ体制、その他
アイデア出しは上記一つ一つの仕様を満たし、且つ、今までの自社製品よりも、他社の製品よりも優れた技術であることが望まれます。
また、関連特許は多いと数千件が出願されています。それらの特許に記載されていない新規性、進歩性があるアイデアが必要です。
それには情報収集、アイデア出しの選択と集中が重要。あまり価値のない部分に時間を割いても有効な特許は生まれず、不要な特許の量産と、時間と労力の無駄になる場合が多いのです。
更に、特許は出願してから有効な期間が20年。将来どのように製品の形態が変化していくか?この部分にも選択と集中が重要です。
では、それらを効率よく把握できる可能性がある人は誰でしょう?
特許事務所?特許コンサルタント?全く違います。彼らは上記出されたアイデアを特許にする、マトリックスの使い方やアイデアの出し方を指導することしかしません。
通常の「特許になるアイデアの出し方」では「会社の利益」まで考えてはいません。「有効特許になるアイデア」の観点からの指導はありません。
把握する必要があるのは、その会社の技術者若しくは、知財部門の方になります。
両方の人材が揃っていれば、このURLを検索することも無いでしょうし、有効な特許をしっかり出願し、特許権を保持している会社のはずです。
知財に強い会社で、特許に強い人材は、特許事務所や審査官の意見を鵜吞みにしません。理由は「殆どの特許は減縮すれば権利化できる」ことを知っているから。
「その特許を如何に有効特許とするか?」はその分野に最も精通しており、アイデアの中身を明確に把握している発明者本人と知財部でなければなりません。
審査官のアドバイス、特許事務所の意見を踏まえ、有効特許にならなければ、徹底的に戦います。戦い方は、意見書、無効審判、分割特許出願等、さまざまです。
会社として、そのような知財部、技術者を育てることが、「有効な特許のアイデアを出す」のに最も近道な方法です。
では具体的にどうするか?
④特許対象の装置で多くの実験や検証をたくさん行い、課題を整理する ⑤製品の技術を理解し、人に説明できる程度に、簡単な言葉に置き換える ⑨関連技術の背反を把握し、他の技術者の「無理」、「できない」を信じない ⑩各設計者は担当部分だけでなく、それ以外の部分も概要を把握する ⑭新しい機能を付ける時の問題点を明確にする。使わない特許は無意味。 ⑮自分で新規性、進歩性のハードルを決めない。効果の記載をしっかり書く ⑯仕様の重要度を把握し、お客様に対する仕様変更を視野に入れる ⑰要素技術の進歩をできるだけチェック。装置に採用した仮定で想像を膨らます
では一つ一つを簡単に説明していきましょう。
①特許明細書を斜め読みできるようにする
②自分の理解できる言葉で「特許の請求項」を簡略化する
③製品関連の出願済特許の内容を把握する
④開発装置で多くの実験や検証をたくさん行い、課題を整理する
⑤製品の技術を理解し、人に説明できる程度に、簡単な言葉に置き換える
⑥数式を使わず、図面で考える習慣を付ける
⑦複雑なことを必要最低限に簡略化する
⑧疑似設計をする
⑨関連技術の背反を把握し、他の技術者の「無理」、「できない」を信じない
⑩各設計者は担当部分だけでなく、それ以外の部分も概要を把握する
⑪特許のノルマは無意味。明確な見返りが重要
⑫競合他社の製品の技術情報をできるだけ収集する
⑬発想の転換、視点の変更、課題のハードルを下げていく
⑭新しい機能を付ける時の問題点を明確にする。使わない特許は無意味
⑮自分で新規性、進歩性のハードルを決めない。効果の記載をしっかり書く
⑯仕様の重要度を把握し、お客様に対する仕様変更を視野に入れる
⑰要素技術の進歩をできるだけチェック。装置に採用した仮定で想像を膨らます
⑱全部のノウハウで有効特許を作り出す
「履歴」にも書いてありますが、私はニコンが半導体投影露光装置(ステッパー)で世界シェアNo1だった1984~2002年まで、装置設計部の技術者として特許出願、登録数/人でNo1だった発明者です。多くの登録特許が製品に採用されています。
特に、現在でも主流の「走査型露光装置」の原理特許と44件の関連登録特許による製品囲い込み、ASMLのツインステージ特許出願よりも早くツインステージ特許を出願するなど、他社とのクロスライセンスや特許訴訟等にも大きく関与していました。
その功績で文部科学大臣賞や東京都知事賞、ニコンの発明功労者等も受賞しています。
ニコン時代は、「特許に強い人材」として上記意見書、無効審判、分割特許出願等の方針や概要の判断は、知財部と共に自分自身で行っていました。
会社として発明コンサルタントの研修を受けたこともあります。確かに「特許になるアイデア」はたくさんでました。でも誰もそれらの特許を積極的に出願したがらない・・・
理由は簡単。皆、「特許にはなるかもしれないが、有効な特許にはならない」ことを知っていたからです。
対象は製品、情報集めは研修に参加した技術者、既に色々検討しており、検討していない部分は価値が低いところ。その価値が低いところからアイデアが出ても意味はありません。
有効な特許になるアイデアは、その検討し尽くした部分に残る課題や問題点を改善する方法。
その技術に素人の人から、発想法の指導を受けただけでアイデアが出るような簡単なことではありません。
もしその時教わった方法を有効活用するとしたら、「画期的な発明があり、その発明を原理特許として、周辺技術を抑える」時でしょうか。
でも有効特許とは、その「画期的な発明」そのもの。その有効特許を考えるのが、「有効な特許になるアイデアを出すためのテクニック」です。
実は「有効な特許になるアイデアを出すためのテクニック」は、実際に発明する発明者の立場から言わせてもらうと、簡単ではありません。
会社と技術者が同じ目的意識を持ち、「有効な特許」を出すための体制作りと、各技術者がそのテクニックを知っておく必要があります。
その体制の構築と、そのテクニックを理解して馴れ、使い込んでいないと、最先端の技術の現場では有効なアイデアを出し続けるのは難しいのです。
そのテクニック(発想法、知財体制含む)とは以下の18項目です。多いですよね・・・でも全て必要な内容です。
特許明細書は【要約】、【特許請求の範囲】、【発明の属する技術分野】、【従来の技術】 、【発明が解決しようとする課題】、【課題を解決するための手段】、【発明の実施の形態】、【発明の効果】、【図面の簡単な説明】、【符号の説明】、【図面】の順に記載されています。
短くて10ページ、長いと100ページ程度になるものもあります。正しく技術書そのもの。まともに全て理解しようとすると日が暮れます。
私の見る順番は公開特許の場合、【要約】⇒【発明が解決しようとする課題】⇒【特許請求の範囲】+【図面の簡単な説明】+【符号の説明】+【図面】だけです。
必要に応じて、図面の説明部分を【発明の実施の形態】から拾い読みします。
ある程度、技術背景を把握できていると、他の内容は細かい説明であり、請求項の内容を理解するのに必ずしも必要ではないからです。
この斜め読みに慣れて要領が判れば、特許に対する「読むのが面倒くさい」という感覚が無くなってきます。特許の発明ポイントがはっきりしてきます。
この特許の発明のポイントが判れば、今度はそれをどのように頭に記憶するかが次のステップになります。
下記文章の意味は分かりますか?特許の文章ではよくある書き方です。
「食料品等の物品を低温で保管することを目的とした装置であり、内部で保管された前記物品を取り出すための開閉可能なドアを有し、前記ドアを開けた時の前記装置内温度計測装置の温度計測結果に基づき、所定の音を発する音声出力装置の音量を変化させることを特徴とする」
要約すると
「冷蔵庫のドア開閉時の内部温度変化で警告音量を変える」こと。
実は殆どの特許はこのように1~数行の文で表せる場合が多いのです。この「文章が短い特許」は回避が難しく、文章が長ければ長い程、制約が多く回避し易い特許となります。
最初の文章を覚えるのは大変ですが、後の文章ならば何がアイデアなのか明確で感覚的に覚えやすいですよね。
このような方法で、一つの特許の発明は覚え易い短い情報となります。
上記情報はJ-Platpatという検索システムが無料で使えますので、知財関係者だけでなく、設計者でもまとめることが可能です。
自社特許を含め、特許出願番号、特許申請者、特許出願日、特許名、発明の要約をエクセル等で表管理し、審査請求や登録の有無をウォッチングする体制を取ります。
このまとめまでは知財部門と設計部門が共同して行う必要があります。新製品や現製品の技術情報、競合他社の特許が権利化された場合の抵触の有無は、設計者でないと分からないことが多いためです。
このエクセルの管理表のノウハウがあれば、自分の開発しているものが新規のアイデアを盛り込んでいるか、他社の特許であれば、どのように回避できるかまで、設計者自身で把握できます。
有効特許を出し続けるには、このエクセル表を頭にインプットすること。それがノウハウとなり、アイデアを色々考える時のネタになります。
自社製品が市場を独占できることは少なく、多かれ少なかれ競合他社の装置があります。自社の技術的課題は他社でも同じ技術課題。自分と同じような技術者が競合にもいます。
その人も同じように実験を行い、課題を克服する案や新機能を考えています。その装置の所定の部分については、世の中に数人の検討者しかいない状態です。
少しでも早く、有効なアイデアを考え付き、早く特許を出願した方に特許権は与えられます。
課題を整理しておかないと、何が問題点かも見えてきません。担当者は、普段から問題意識を持っておくことが重要です。
課題が整理され、誰が見ても分かり易い内容であり、それを閲覧できる体制にしていると、色々な技術者が異なった視点から課題の解決を考えることができます。
発明は閃きであり、それを考える人が複数人いた方が多くのアイデアも生まれます。
また、その情報は誰にでも分かるものになっている必要があります。もしそれが大学の物理や数学の教科書のように数式や難しい専門用語のオンパレードではだれも理解できません。
そのためにも、特許の難しい文章は簡単な図や文章で開示する必要があるのです。
上述の内容に関連しますが、高学歴の人の中には、常に物理現象を数式や論理的に考える人が多くいます。しかし発明に関してはそれは逆効果。
数式が表現するのは単純な物理現象の一つ。物理現象は、その物体の位置、重量、移動方向、剛性、与えられるエネルギー等多くの状態が複合した結果です。
製品はそのような複雑な構造であり、図面を書いて視覚的に全体像を眺め、部品を動かしたり、構成を変えたりする単純な思考の方が全体を的確に把握でき、発想の自由度が広がります。
特に特許侵害の有無は製品の外観や目に見える動きを権利化している方が発見し易く、可視的に分かり易いアイデアの方が有効な特許になるのです。
「論理的思考」は筋道を立てて分かり易く段階的に判断する考え方。
良いアイデアが出た後に、それを論理的思考で具体化するのならば分かりますが、出す前に「筋道を立てる」、「段階的に判断」は可能性が0でない道を閉ざすのと同じ。
アイデアを出す前は全ての道を開けておくのが鉄則です。
図面と言ってもCADのように精密で複雑なものではありません。複雑な構造はそれだけで制約が多く、色々な発想の妨げになる可能性が高くなります。
図面は最低限、発想ができるものに簡略化し、制約を少なくします。良いアイデアが出た段階で、制約条件との整合性を考えた方が合理的です。
図面はメカニカルな図面に限りません。光学系があれば、簡略的な光線やレンズも記載します。
動力やセンサーの配置、制御系も記載し、必要ならばフローチャートで動作も記述します。
本当の設計図面ではないので、製品にはなりませんが、その装置の原理や動作方法、構造上の特徴など、発明に関する部分はしっかり表現できるようにします。
疑似的な設計図面ですが、特許のアイデア出しや特許明細書の説明にはそれで充分です。
まだ設計期間が浅い設計者は、製品の担当している一部の機構しか知らない場合が多くあります。
その一部の機構でも新しいアイデアが出る可能性はあります。しかし、それを実現するには、他の機構の一部を変更してもらなければならない場合もあります。
そこで変更の可能性を担当設計者に聞くと、「無理」、「できない」という言葉が返ってくることがあります。
理由は「大きくなる」、「重たくなる」、「弱くなる」等色々あります。一つのものを良くする場合、その背反する部分の性能が悪化することは多くあります。
そのような時は平行線。でも諦めてはいけません。担当技術者に「何故無理か?何故できないか?」を答えてもらいましょう。
その理由が納得できる内容ならば引き下がれば良いですが、あまり重要でない理由のことも多くあります。
その場合は、製品化されなくても特許出願は行うべきです。本当にそのアイデアが優れていれば、トップダウン的に採用が決まる場合もあります。
特許出願を行わないと後で後悔することになってしまいます。
設計者はメカ設計、光学設計、電気設計、ソフト設計の大きく4つに分かれます。ニコン時代はこれに仕様を決めるシステム設計という部門もありました。
それぞれ同じ製品を扱いますが、専門の技術分野を持っており、その専門分野の視点からアイデアを考えます。
でもそれだけでは不十分。上記のように専門外の内容に対して否定されてしまうかもしれません。
製品は多くの技術を使い、総合的に構築されているのですから、最低限のメカ、光学、電気、ソフトの概略を知っておく必要があります。
その広い視点からの構想検討が、更により良い特許のアイデアを出す事につながります。
そのためには、設計者の専門分野だけでなく、自発的に製品の全体像を勉強する必要があります。
でも、会社から設計者に要求されるのは、、専門技術を使った設計と、特許出願のノルマ。全体像を把握、勉強することは要求されません。
特許出願のノルマに苦しむ設計者は、自分の専門分野のことしか知らない人が意外に多いのです。見ている視界、視点が狭ければ、アイデアも出難くなります。
但し、「全体像を勉強をすることで特許が出し易くなる」ことを理解しても、「特許を出すために努力したい」というモチベーションが無いと誰も勉強などしません。
特許出願のノルマだけ与えるのは結果が出ず無意味です。
その改善には、会社が特許に関する報奨金制度や知財に対する評価制度を作り、それを設計者に「魅力的」と判断させることが重要です。
その「魅力的な制度」が、設計者にとって「アイデアを出せるように自発的に勉強すること」への、大きなモチベーションとなるのです。
更に、「特許のアイデア出しは設計作業と同等以上に重要」という認識も必要です。
例えば上司から「~の設計をして下さい」と指示され、設計を行ったところ、上司は「私と部下で設計しました」とトップ報告されて良い気持ちになるでしょうか?
実は特許のアイデア出しも一緒です。打ち合わせで「アイデアを出してください」と言われ、一人の設計者が画期的なアイデアを出したとします。
しかし、打ちあわせ内でのアイデアなので、特許の発明者には打合せ全員の名前が連名で出たとします。これはアイデアを出した人の成果を山分けする前の設計例と同じ行為です。
これを行っている会社は「アイデア出し」という成果を軽んじている証拠です。
この行為は特許法にも整合していません。特許法では、「特許を受ける権利や特許権は、原始的に発明という事実行為を行った個人(自然人)に帰属する」というのが大原則なのです。
万一、特許訴訟になると何十億円というお金が動くこともしばしば。一つの有効特許の有無で会社の存続、繁栄に大きく影響を及ぼすこともあります。
では、打合せでブレインストーミングを行うとか、意見を出し合うのは意味があるのか?「無い」とは言えませんが、そこは「課題や問題の共有・提示」を行う場所と認識すべきです。
「有効な特許のアイデア出し」とは、そのような短期間でできる内容ではありません。
特許のアイデアはあくまでも個人の成果。情報を収集し易い環境があり、話し合うとしても、アイデアを持っている数人の意見交換(アイデア出しへのサポートがあれば連名)まで。
そういう環境で常時アイデアを考え続けることが大事です。
今までの内容は全て「特許」だけの内容でした。でも、製品=特許ではありません。アイデアが出され、そのアイデアが盛り込まれた技術は、試作・製品化・評価・検収を経て、製品として市場に出てきます。
しかし特許はアイデア出しから明細書を作成し、特許庁に出願。その後1.5年待たないと公開されません。
他社の特許が公開された時点で、既に競合の製品は開発が進んでいるのです。新製品の発表は、製品が販売されるよりも半年ほど前に行われることが多く、お客様への案内も早めに情報開示されます。
もしその内容が、自社製品を圧倒する可能性があれば、遅れながらでもその方向に軌道修正が必要です。
また競合他社の特許でも、全てが製品に搭載されるのではなく、研究レベルで採用されない特許も沢山出願されています。
市販される製品の場合は、他社製品を買い分解できますが、大きな産業用製品の場合、競合製品の技術は開示情報とそれに関連した特許でしか想像できません。
特許以外での他社製品情報の把握も特許戦略には重要なのです。
国語辞典では、
発想の転換⇒従来の常識をまったく新しいものに替えること
視点の変更⇒ものを別の考え方に基づいて見ること
と表現されています。特許のアイデア出しで考えると、「文章を反意語にする」方法は良く使われます。
例えば、「彼女を作りたい」と思っている男性がいるとします。
その男性が、ある女性を好きになります。しかしその女性に振られ、「君でないと僕は恋ができない」というネガティブ思考で自殺を考えたとします。
自殺しないためには、「その女性に何度もアタックして付き合えるまで頑張る」のですが、「女性の気持ちを変える方法」が課題となります。
これを反意語に変えると「君以外ならば僕にも恋ができる」となります。一気に「君が去ったので僕は新しい恋ができる」というポジティブ思考になっています。
でも、これにも課題があります。「ネガティブ思考をポジティブ思考に変える」とか、「女性への気持ちを断ち切れない」とか・・・
「女性を口説くのが上手い」人なら前者の課題、「自分の感情を制御できる」人ならば後者の課題の方が簡単に解決できると思います。どちらでも当初の目的は達成できます。
これは技術でも全く同じです。発生している課題の解決に行き詰まったら、「文章を反意語」にすることで、発生している課題を変えることができます。
「文章を反意語」にして発生する新たな課題を解決する方が簡単ならば、「発想の転換」、「視点の変更」で課題のハードルを下げたことになります。
目的が達成できれば、その手段に限定はありません。その新しい構造で、課題を解決する方法を見つけるのが「アイデアを出すこと」になるのです。
特許上は、上記のような新しい構造で課題をクリアできるアイデアに新規性、進歩性が認められれば特許になります。
でもそれで製品になる訳ではありません。新しい構成が装置として許容できない大きさになったり、コスト増になってしまうと製品に搭載できません。多分、他社でも採用しないでしょう。
特許の価値は、出願から20年以内に「自社製として採用される」若しくは「他社が採用したくなる技術」であるか否かで決まります。
その特許が原理的に、発想的に優れた内容でも、それを製品として使う人がいなければ価値がありません。それが研究とは大きな違いです。
価値の低い登録特許を100件持っているよりも、自社・他社の製品に導入が必要となる技術を権利化した登録特許1つの方が価値があります。
製品に新しい機能を付ける場合、具体的設計レベルでの全ての問題を明確にし、それを解決する方法を考えなければなりません。
その解決方法がまた新たな特許を生み出します。新しい機能を搭載する場合、考えられることを全て権利化することが、その会社の知財的立場を強める重要な戦略となります。
特許自体に話を戻しましょう。
特許を登録特許として権利化するためには、審査請求を行い、その特許に新規性・進歩性があることを審査官に認めてもらう必要があります。
審査官がその判断を下すのは、特許となる請求項に記載された内容と、公知特許や公知文献の記載内容との相違。公知文献、公知特許とは、特許が出願された時に一般公開されている公開特許や文献の事。
一つの特許や文献で、完全に同じ内容が記載されていれば、確実に拒絶理由が出てきます。
問題は完全に一致していない場合。審査官は2件の特許・文献を引用し、「2つの資料の組み合わせで思いつくのが容易」という拒絶理由を出してきます。
一般の発明者は審査官の「拒絶理由」で諦め、意見書を出さずに権利を放棄してしまう場合があります。でもそれはもったいない。
優秀な知財担当や、優秀な特許事務所では、拒絶理由をしっかり読み込み、対応してくれることが多々あります。
そこで重要となるのが特許に記載されている効果。2つの組み合わせを行う事で、新たな効果が生まれる場合、「進歩性」があるという意見書を出すことができます。
その主張を審査官が認めず、拒絶査定を出してきた場合でも、無効審判制度を使い、権利化する方法もあります。
費用はかかりますが、重要な特許の場合、権利範囲を減縮して無理に権利化するよりも、広い権利範囲のまま無効審判で戦った方が良い場合もあります。
この辺は発明者一人で判断せず、知財及び特許事務所とキチンと連携して対応することが重要です。
ここまでは社内での特許出願、製品開発でしたが、その製品は市場で販売する必要があります。
その市場での販売台数はお客様の需要とメーカの供給量で決まります。
お客様の需要は、各社が提示した仕様に基づいて決まります。その仕様の中でも重要なものとそうでないものがあります。
例えば、私が担当していたステッパー。仕様の重要度は投影レンズの解像度>処理能力>重さの順です。所定の解像度があればOK。あとは処理能力がお客様の選定基準です。
即ち、処理能力が2倍になれば、重量が2倍になっても受け入れられる可能性があります。
一方、仕様の判断を誤り、処理能力を1.5倍、重さを1倍で販売した会社は、重さでは仕様が上ですが、競争には負けてしまいます。
でも携帯電話は違うと思います。仕様の重要度は大きさ・重さ>画面解像度です。
画面解像度は今のままで十分だとします。解像度を2倍にしても、大きさ・重さが2倍になった製品は誰も買いません。
お客様に出す仕様はこのように不変ではありません。仕様の重要度もその技術分野で大きく変わります。
新しいアイデアにより、製品の重要な仕様が向上すれば、他の仕様が悪化しても良い場合もあります。
特許のアイデア出しはこのような状況を把握し、将来の需要も想定して行っていく必要があります。
簡単な例を一つ。
30年前、固定電話とカメラは世の中にありました。でもその時、固定電話にカメラを取り付けるアイデアを出す人はいなかったと思います。理由はその組み合わせに価値を見出せないから。
でも現在、殆どの携帯電話にカメラが付いています。理由は、電話が携帯できるまでにコンパクトになり無線で通信できる体制が整い、カメラも小型化されたから。
これは技術の進歩で、その技術の進歩をいち早くキャッチし、「携帯電話に小型化カメラを付けると需要があるのでは?」と考えた会社の技術者の功績です。
常に技術開発者はこのような情報の収集を行い、「それを装置に採用できないか?」、「有効な特許にできないか?」と考える努力、それをバックアップする会社の体制が重要になります。
上記内容はニコン時代に設計者として私自身が実行し、会社の知的財産を増やし、知財を有効活用する体制構築のために知財部門と共同で進めていた戦略です。
そこまでやって、私自身やっと月1件ベースで特許の出願が行えていました。有効な特許も数多く出せました。
ニコンが「知財に強い会社」となった基礎を作り上げる立役者の一人になれたとも自負しています。
全部とは言いませんが、少なくとも上記項目を部分的でも進めていかないと、特許のアイデア出しだけでなく、会社として知財を有効活用することは難しいと考えます。
尚、色々書いていますが、あくまでもこれは概要であり、これを読んでも特許のアイデアを出せることにはなりません。
特許を出し続けるにはこれらのテクニックを理解して馴れ、使い込んでいく必要があります。会社のサポート体制も重要です。
もし、このテクニックを具体的に身に着けたい方は、
を読んでみて下さい。
この本は、私と一緒に読者が当時の技術開発現場にワープしてもらい、一緒に開発・発明を行う過程を共有してもらうというノンフィクションです。
有料ですが、ちょっと中身を見たい方は以下をクリックしてみて下さい。第1章~第5章まで無料で公開しています。
どんな感じで特許を学んでいくのか、概要は掴めると思います。
私が現役時代に発明を行った軌跡を辿ってもらい、光学・メカの基礎的な学習と、その200件近くの発明の具体的考案経緯を考えながら、テクニックを習得してもらいます。
ステッパーは精密機器の中でも群を抜いて難しい技術が集積しています。
その技術を誰でも理解できるように、殆どの説明は簡単な図で行っています。これらの技術は汎用性もあり、殆どの精密機器への応用が可能です。
数式は中学校の数学レベルで理解でき、何といっても色々な技術を図で考える習慣が身に付いていきます。これは特許のアイデア出しに重要なことです。
上記概要についてもこの本に全て網羅されており、上記テクニックの意味もキチンと理解できると思います。
しっかり読んで学習して頂ければ、特許のアイデア出しのハードルは相当下がるはずです。